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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(オ)541号 判決

上告人

山口放送株式会社

右代表者

野村幸祐

右訴訟代理人

広沢道彦

外四名

被上告人

重安久美子

外三九名

右四〇名訴訟代理人

阿左美信義

外四名

被上告人

城菊子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人竹内桃太郎、同渡辺修、同宮本光雄、同山西克彦、同広沢道彦の上告理由第一点ないし第三点について

論旨は、要するに、本件ロックアウトの正当性に関する原審の認定判断には採証法則違背、理由不備、理由齟齬、判断遺脱、法令違背の違法がある、というのである。

一思うに、個々の具体的な労働争議の場において、労働者の争議行為により使用者側が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には、衡平の原則に照らし、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められる限りにおいては、使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきであり、使用者のロックアウトが正当な争議行為として是認されるかどうかも、右に述べたところに従い、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによつて使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地から見て労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められるかどうかによつてこれを決すべく、このような相当性を認めうる場合には、使用者は、正当な争議行為をしたものとして、右ロックアウト期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義務を免れるものというべきである(最高裁昭和四四年(オ)第一二五六号同五〇年四月二五日第三小法廷判決・民集二九巻四号四八一頁、同昭和四八年(オ)第二六七号同五〇年七月一七日第一小法廷判決・裁判集民事一一五号四六五頁、同昭和四七年(オ)第四四〇号同五二年二月二八日第二小法廷判決・裁判集民事一二〇号一八五頁参照)。

二ところで、本件に関し原審の認定するところは、おおむね、次のとおりである。

1  上告会社(以下「会社」という。)は、一般放送事業等を営む資本金二億三〇〇〇万円、従業員合計二二五名の株式会社であつて、徳山市に本社、東京・大阪・広島・下関・福岡に各支社、山口・宇部に各支局を有し、更に、テレビ中継局六局とラジオ中継局四局を設置していた。

2  会社の従業員で組織されている山口放送労働組合(以下「組合」という。)は、昭和四二年二月、会社に対し、基本給表の是正、一律一万二〇〇〇円の賃上げ等を含む一一項目の春闘要求をした。他方、会社は、新番組編成に伴うテレビ放送時間の延長を計画し、同年三月、テレビ放送時間を合計二時間四五分延長する計画(但し、そのうち二時間二五分は従来いわゆる空き時間(スタンバイ作業時間)であつた。)及びこれに伴う人事計画を組合に提示した。

会社と組合は、同年三月八日以降、右の春闘要求並びにテレビ放送時間の延長及び人事計画の問題について、三〇数回にわたる団体交渉を行つたが、テレシネ磯器の合理化を理由とするテレネシ課二名減員計画等を中心に交渉が難航し、本件ロックアウトが開始された日の前日である同年五月五日に行われた団体交渉は、物別れに終つた。

右団体交渉において、組合側が会社を罵倒、威嚇するなどという不法、不当な態度をとつた事実はない。

3  組合は、三月四日春闘要求に関するスト権を、同月二七日放送延長に伴う労働条件の切下げに反対するスト権をそれぞれ確立し、同月一五日春闘要求に対する会社の回答遅延に抗議してした組合員全員の二時間のストライキを初めとして、同月三〇日、四月七日、一〇日、一三日に本社組合員のそれぞれ一時間、一時間二五分、二時間一〇分の各ストライキ、四月一三日に中央闘争委員一三名の五時間の指名ストライキ、同月一五日に組合員金員の選挙速報業務の一一時間のストライキ、同月一八日に本社組合員全員の五時間のストライキ、同月二一日に組合員全員の二時間及び一時間のストライキ並びにプロレス中継担当者八名の一二時間の指名ストライキ、同月二八目、二九日及び五月二日に人事異動による配置転換対象者の指名ストライキ、四月三〇日に配置転換対象者の二四時間のストライキ、五月二日にテレビ技術部編成課テレビ運行担当者及び中央闘争委員の二四時間の指名ストライキをそれぞれ行い、また、四月二四日から二七日まで、同月三〇日及び五月四日に新勤務拒否ないし配転拒否闘争、五月一日、三日、五日に法定外休日出勤拒否闘争をそれぞれ行つた。

右ストライキのうち、三月一五日、三〇日、四月七日の各ストライキは、民放労連の統一ストライキであり、組合独自のストライキは四月一〇日以降のものである。また、選挙速報業務とプロレス中継放送に関するストライキは、右業務について労働条件に関する事前協議協約に基づく事前協議がされなかつたことに抗議してされたものであり、会社はこれを事前に予測して応急措置を講ずることができ、これら二つのストライキによつて著しい業務の混乱が生じた事実はない。

4  いわゆる新勤務拒否闘争は、主にテレシネ課においてされたものであるが、同課は本社社屋二階の独立した部屋であるテレシネ室等においてテレビ映像録画再生装置の操作をする放送業務の中枢部門であつて、その業務の停廃はたちまち放送の停止につながるものである。そして、同課においてされた新勤務拒否闘争は、おおよそ、次のとおりである。

同年四月二四日、配置転換対象者である被上告人橋本栄允及び同井上喬一は、新勤務である編成課の業務をせずに、旧勤務場所であるテレシネ室に出勤した。そこで、テレシネ課長及び同課次長は、右両名が旧勤務表に基づいて執務しないように注意を払いながら、代替勤務をした。

同月二五日、右橋本及び井上は、前日同様、テレシネ室に出勤した。同日は、組合員である木田正昭及び広瀬一雄に対して、右橋本及び井上の旧勤務を代替すべき業務命令(新勤務命令)が発せられていたにもかかわらず、右両名はこれを拒否して、それぞれ自己の旧勤務に従事した。

同月二六日、右橋本、井上、木田及び広瀬に対して前日同様の業務命令(新勤務命令)が発せられていたにもかかわらず、右木田及び広瀬はそれぞれ旧勤務に就き、また、右橋本及び井上はそれぞれ旧勤務に従事しようとしたので、テレシネ課長及び同課次長は、右各人の代替勤務を実行し、また、右橋本及び井上が旧勤務を実行しないように監視した(なお、原判決の引用する一審判決のこの点に関する判示は、措辞いささか妥当を欠く嫌いがないでもないが、右趣旨を判示したものと認められる。)。会社は、事態を正常化するため、同日、右木田及び広瀬に対する代替勤務命令(新勤務命令)を撤回した。

同月二七日、右橋本及び井上は、前日同様、テレシネ室に入室した。そこで、テレシネ課長及び同課次長は、右両名の代替業務を行うかたわら、右両名がテレシネ室の機器の操作をしないよう配慮を続けた。もつとも、右両名は時折自己の旧勤務の業務を手伝おうとする気配を示したが、職制において先に右業務を遂行したため、業務の障害や放送事故の現実の可能性を生ぜしめた事情はうかがわれなかつた。

同月二八日から三〇日まで、右橋本及び井上は、二四時間の指名ストライキをした。

同月三〇日、会社は前記木田及び広瀬に対して再び新勤務表による勤務をするように命じたが、組合は、テレシネ課の組合員全員に対し新勤務を拒否せよとの指令を発し、これに基づきテレシネ課の組合員らは旧勤務表に従つて就労した。

放送延長が実施された後の五月四日、テレシネ課の組合員は再度新勤務拒否闘争に入つたが、新たな早朝放送及び午前中の従前の空き時間における放送そのものは拒否せず、午前零時以降の深夜番組についての作業を拒否したので、右番組は非組合員によつて放送が継続された。

以上のように、新勤務拒否闘争の外形的な形態は消極的でかつ平穏なものであり、また、テレシネ課の組合員が新勤務を拒否して旧勤務で就労したことによつて具体的な放送業務の障害又は放送事故は発生せず、このような事故等の発生する具体的な緊迫した危険性もなかつた。しかも、右闘争は主にテレシネ課に限定され、右闘争が行われた四月二三日以降は、他の部門においては、前記休日出勤拒否闘争と五月二日の部分ストライキを除き、具体的な業務の停滞又は阻害が発生する危険性は認められない状況であつた。

5  五月一日以降の休日出勤拒否闘争は、いわゆる三六協定の期限が四月末日に切れたことによるものであり、会社はこれに対して事前にその対応策を十分に講ずることができた。

6  本件紛争当時において、組合がいわゆるミニスト(コヤーシャルフイルムがはさみ込まれるごく短時間をねらつてステイションブレイクの操作をやめるストライキ)を実行する可能性は極めて少なかつた。

7  会社は、五月六日午前二時ごろ、組合に対し、ロックアウトに入る旨を通告するとともに、本社社屋の重要部分をバリケード、有刺鉄線で囲んで被上告人ら組合員の立入を禁止し、同日からロックアウトが解除された同年七月四日まで、非組合員等約一〇〇名(なお、就労を拒否された本社組合員は約八五名である。)によつて放送業務を遂行した。

8  本件ロックアウト中に会社の大阪支社及び東京支社において組合員に対して組合脱退工作がされ、本件ロックアウト中の同年六月二八日に山口放送新労働組合(第二組合)が結成された。また、会社の本件紛争前後における営業年度別の利益金は、昭和四一年三月三一日現在で約七六〇〇万円、昭和四二年三月三一日現在で約九〇〇〇万円、昭和四三年三月三一日現在で約九三〇〇万円であり、会社が組合の本件各争議行為によつて争議行為に伴う通常の損害を超えた損害を被つた事実はない。

9  なお、昭和四〇年の春闘の際には、本件紛争と同様に賃上げと機構改革に伴う組合員二三名の人事異動が契機となつて、約三〇数波のストライキ及び業務命令拒否等の各種の闘争が行われ、その争議行為はほぼ本社全部門に及んで熾烈なものであつたが、ロックアウトもなく紛争が終結している。

以上の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、すべて首肯することができ、その過程に所論の違法はない。

三原審は、これらの事実によれば、本件ロックアウト突入当時は、本社全部門の観点からみれば、いまだ労使の勢力の均衡は破れておらず、使用者側が著しく不利な圧力を受けている情勢にあつたということはできないから、このような情勢のもとにおいて、会社が本件のような全面ロックアウトを敢行することは、組合側の前示争議行為に対する対抗防衛手段として相当でなく、違法なものといわざるを得ないと判断しているのであつて、原審の右判断は、前記一に述べた見地に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、いずれも採用することができない。

同第四点について

論旨は、要するに、現実には全面ロックアウトとしてされたものの、これを本社社屋二階のテレシネ課を対象とした部分ロックアウトとして可分的にその効力を判断することは許されないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤つた違法及び理由不備・理由齟齬の違法がある、というのである。

しかし、原審の適法に確定するところによれば、会社は、本件ロックアウトに際して、会社の本社社屋二階の組合事務所とこれに通ずる通路を除いて、右社屋の重要部分をバリケード及び有刺鉄線で囲んで被上告人ら組合員の立入りを禁止し、会社としては組合が会社側の提案を大筋において受け入れない限り本件ロックアウトを解除する考えがなかつた、というのであるから、本件においては、組合事務所及びこれに通ずる通路を除く本社社屋全体について一体不可分のロックアウトがされたものというべきである。したがつて、本件ロックアウトの一部を部分ロックアウトとして可分的にその効力を判断することは許されないというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼)

上告代理人竹内桃太郎、同渡辺修、同宮本光雄、同山西克彦、同広沢道彦の上告理由〈省略〉

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